【感想】『「本当の自分」はどこにいる 自分探しの心理学』(加藤諦三)

今日紹介するのは、社会学者で早稲田大学名誉教授の加藤諦三さんの2005年の本です。

日々生活しているうえで、何かうまくいかないことが続いたりすると「今の自分は本当の自分じゃないから辛いんだ」「本当の自分がやりたい事ってなんだろう」と考えてしまう人が一定数いるのではないでしょうか。私もその一人です。

これは特に、本来望んでない職業に就いてしまった人がほぼ経験する感覚なのは間違いないでしょう。それに加えて本書では、働いていないニートの心理状況も、この「本当の自分探し」で説明できている点が興味深い所です。

具体的な内容に触れる前に、前回紹介したプロ奢さんの『嫌な事、全部やめても生きられる』と本書を比較する形で本書の傾向を述べたいと思います。というのも、本書の著者である加藤諦三さんは御年84歳であり、プロ奢さんは25歳なので大分年齢差がありますね。そうなるとニートや若者に対する考え方、接し方も違いが表れていて面白いです。

本書で加藤さんの大学での経験で、学生に嫌われる覚悟で叱ったことがあると書かれていました。しかし後で学生から、叱られた事がなかったから嬉しかったと言われて驚いたそうです。別の部分では、優しい人というのはまず自分の失敗談を述べ相手を慰めた上で、相手のいけない部分を指摘する厳しさを見せる人だと言っています。気づいたのですが、この本の構成自体がこのようになっていて、加藤さん自身の「自分探し」エピソードが自身の学生時代のノートを引用する形で弱さを見せています。

一方で自分探しをしている人に対しては少し厳しめの論調になっている印象を受けました。ですので、今現在精神的に追い込まれている人には勧められないなと思いました。悩みが軽度の人、或いは深刻に悩んでいたが大分回復してきた人が背中を押してほしい時に読むのがベストタイミングの本ですね。誤解しないでほしいのですが、口調としては穏やかです。独白のようでもあり、読者に繰り返し語りかけて言葉を馴染ませていくような感じです。ただ根っこにある厳しさも感じます。

私は20代なので、感覚としてはプロ奢さんに近いのでしょうね。加藤諦三さんには甘さだけが優しさではないという年長者としての感覚があるのだと思います。その辺を先に理解した方が特に若い世代の方は最初から安心して読めるだろうと思いました。

そろそろ本書で語られる重要な思想の部分について話していきましょう。まずこの「本当の自分探し」をしてしまう人というのはどういうひとなのか。それは本当の自分というものを頭の中で作り出す事で、実際の自分のダメな部分から目を背けてしまうような人のことだと言っています。ここまででなんとなく前述した厳しさの部分が伝わったと思います。

本書では「ニート」が一つのキーワードのようになっていて、まさしくニートがそういう感覚で生きている存在だと言っています。だからけしからん、働けとは言っていません。つまり、結局ニート自身にとっても、今の自分は本当の自分ではないと思いながら生き続けるのは辛いじゃないかという話ですね。

行動力のある人でも同じです。本当の自分を探して、山に登ってみたり、高級品を買って自慢してみたり、海外に行ってみたりと、色々やるのですが、それは自分探しではなく自分を直視することから逃げているのです。そもそも本当の自分というのは言葉のマジックで、それは脳内で作り出したこの世に存在しない理想の自分にすぎません。自分探しをする人はまず、自分を作り出すことから始めないといけません。

言ってる私自身耳が痛いのですが、自分に言い聞かせる意味で続けます。

自分を創るとは、何かを積み重ねるという事です。自分探しをしている人は何かを徹底してやり切った事がない。いつも本当の人生を歩んでいる感覚がなかったから、思い出を振り返っても感動がなく、そこからエネルギーが湧いてきません。全てが中途半端になって投げ出してきたから当然です。

自分を創るには、ずっと続けられる努力をすることです。急にやる気が出て始めて、急にやる気がなくなってやめるような努力では自分を創ることは出来ないのでしょうね。私で言うと、TOEIC600点超えただけでは自分を創ったとは言えない。英語を話せるまで極めていかないと自分を創った事にはならないという事でしょう。本書ではお風呂掃除とかでもいいと言っています。ニートでも始められる実践的な内容に優しさを感じます。

自分が努力できることを探すヒントとして、加藤さんは人に評価されることではなく、自分の好きな事を重視せよと言っています。しかし、そう簡単に見つかるものではないとも。なにせ自分がホントにやりたい事は、過去に周囲の同意を得られず良くない物として内面に抑圧されている事が多いからだそうです。それを見つける作業は精神的にしんどく、自殺する人もいるとか……。怖いですね(笑)。

でも地獄を乗り越えた先に天国があるので、必要な過程なのです。それから、他人と比べ始めると人は不幸になると言っています。自分が人より出来ないことが惨めなのではなく、人と違う存在であることを認めない事が惨めなのであるという。言葉は違いますがこのあたりはプロ奢さんとも共通する点でもあるので、真理かもしれません。

そもそもなぜこのような、自分探しをする人が生まれてしまうのか。それは親からの無条件の肯定を幼少期に経験していないことが問題だと言っています。そうして育った大人は、どこかで自分を肯定してくれるものを探します。パチスロにハマる人は、当たりが出た時に自分を肯定してくれたような感覚になってハマるそうです。私はパチスロをやりませんが、笑えないのがソシャゲでガチャの当たりが出た時も全く一緒だなと思ったからです。

自分に対しての無条件の肯定を手に入れるためには、自分が本当に好きだったけど、何らかの理由で心の奥底に沈めてしまった欲望を取り出さないといけない。現実でどこか遠くに行ってもそれはわかりません。答えは自分の過去にあるからです。

ここまで書いている私自身、正直自分の本当にやりたい事って見つかってないんですよ。この書評ブログについても、WordPressの勉強がてら始めたので、好きかわからない。でも文章を考えたり、それを書くことは苦にならないので、そういう意味では続ける事で何か自分を創ることに繋がる気はしています。

今回本書を読んでいて、自分の性格を言い当てられているような部分も結構あったので重く受け止めて、ちょっと読むのを中断して考えてしまう事もありました。考えることが多かったので自然と文章も長くなってしまったと思います。といってもこれで全て語りつくしたわけではありません。本書では親の役割や、社会に潜む問題ある人などについても語られています。興味のある方は是非読んでみてください。

Kindle Unlimited では、加藤諦三さんのご著書がかなり読み放題対象になっているので、またご紹介する機会もありそうです。

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