【書評】『仮想少女シンギュラリティ』(バーチャル美少女ねむ)/なぜこの本が読まれるのか

VTuber

それは、バーチャルYoutuberの略であり、インターネット上で活動するバーチャルアイコン(アバター)で自分を装った人々である。HIKAKINやはじめ社長などの現実の自分の姿を動画で晒すYouTuberとは区別され、代表的なVtuberとして「キズナアイ」が挙げられる。

この本はそんなVtuberをテーマとした小説となります。

ジャンルとしては一応SFになると思います。一応というのは、小説の中に出てくるまだ実現していない技術が、近い将来実現可能なレベルに思えるからです。実際にVtuberとして活動している作者だからこそ、ここまで信憑性の高い作品に仕上げられたのでしょう。

主人公は大学院を卒業した研究生で、大学院を卒業後、生体工学をテーマとする吉岡研究所に入った。「ブレイン・マシン・インターフェース」通称BMIの開発が課題であり、これは体を動かすことなく脳波によって何かを操作する装置である。主人公が実際に機材を頭に取り付けて実験していた時、頭の中に何かのイメージが流れ込んだ。目の前に黒髪ショートヘア—で青い瞳の少女が現れ、「お前は誰だ」と問いかける。「私は、仮想美少女、ねむ」と答える。「私はすべてを、××××にする」 彼女の計画とは?

あらすじはこんな感じです。

まずはなぜこの本がamazonレビュー100個以上を獲得し、多くの人に読まれたかを考えたいと思います。その上で、私がこの本に興味を持った理由について考えてみると、Vtuberをテーマにした小説というもの自体に興味を引く要素があったように感じます。類似する例を挙げると、細田守監督の『竜とそばかすの姫』がこれと似たようなテーマの作品でした。冴えない女子高生が電脳世界で綺麗なアバターを手に入れ、自分の歌声を披露することで彼女の世界が変わっていく様は多くの観客を感動させたことでしょう。興行収入は58.5億円でした。この成功の裏には、現代の人々のバーチャルアイコン(アバター)に関する強い関心があったとしか思えないのです。

その一つの原因として「ルッキズム」があると思います。ルッキズムとは外見重視至上主義のことで、容姿によって学校での友達同士の格差がうまれたり、企業の採用などに直接影響が出たりしています。このような現代人のしんどさから、それを開放してくれるアバターという存在は希望に満ち溢れたものに映るはずです。

私がもう一つ考えたのは、現実の見た目のカスタム性の低さだと思います。服装にしても化粧にしても、ある程度常識的な範囲に抑えて選ばないといけないので、もっと自分を表現したい人にとっては不自由な社会です。アバターなら、一般常識から外れた電脳空間で、自分が思うままの自分を装うことが出来ます。特に絵が上手い人や、illustratorなどのデザイン系ツールを使いこなせる人であれば、完全に自分の思い通りのアバターを作ることが出来ます。こういった、アーティストにとってのパラダイスとして関心が高まる要素もあるのでは、と考えます。

さて、この本が読まれる別の理由としては、amazonレビューを見てみればわかるのですが、同業者Vtuberにとっての娯楽として優れていたという点です。やはり作者がVtuberなので、それに関連する箇所の表現にリアリティがありますし、私にはわかりませんが彼らにとってはあるあるネタとして楽しめる要素もあるようです。Vtuberでない私でも、この本を読んでいる最中に自分がVtuberになったような不思議な疑似体験を経験しました。

さらに読み終わった後の楽しみ方として、実際にYouTubeで「ねむちゃんねる」と検索するとバーチャル美少女ねむさんの実際の動画が閲覧できるのが面白いです。冒頭の「お前は誰だ」空間もイメージし易くなるので、一度観ておくのをおすすめします。

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