【感想】『白夢の森の少女』現実と異世界に境界はない/(恒川光太郎)

2022年5月と、比較的最近に出版された恒川光太郎さんの短編集。

収録されている作品は11作品になるのですが、今回の短編集は他の恒川さんの短編集に比べると、共通するテーマみたいなものがあまりないタイプのものになると思います。それが逆に一つの本で、様々な世界観の小説を楽しめるという事でお得感のある本に仕上がっているかなと思います。また作者本人があとがきでそれぞれの作品について短く説明してくれるという点で、今までにない楽しみ方が出来ました。

私個人の全体的な感想としては、結構面白かったです。恒川光太郎さんの本は長編・短編合わせて11作品を読んでいますが、その中でもベスト5に入る作品になりました。理由としてはシンプルに短編集の中で自分がお気に入りの話が多かったからですね。短編集となると一話あたりの文章量が少ない分、話のスケールなんかもショボくなりがちですが、この短編集はそれぞれ独立して世界観をしっかりと持った”濃い”話が詰まっています。私が特に濃いと感じた表題作について感想を述べていきたいと思います。

白昼夢の森の少女

表題作の話になります。山間の街である日突然地面から蔦(つた)が無数に伸びてきて、多くの人々を絡めとってしまいました。それに巻き込まれた少女は不死身となり、蔦と一体化したまま動けずに生きていくことになります。それを見た人は彼らを助けようとしますが、実際この蔦に取り込まれた人間は自然と「このままでいい」と思うようになります。

この設定面白いなと思ったのは、現実に置き換えるとニートと被る点が多いからです。実際ニート達はそのまま何もせずに家でじっとしていることを望んでいるわけで、端から見て普通じゃないと思ってそこから切り離そうとしても、本人たちは身の危険を感じる程抵抗感を持つわけです。話を小説のほうに戻しますと、次第に世論も税金も納めずのうのうと生きている彼らは義務を果たしていないのではないか、というような論調になっていき本当に私の例えに近づいてきて面白かったです。

蔦に取り込まれた人間同士は意識がつながるようになり、思考が流れてきたりするようになります。そして彼らの繋がった意識が共通夢を作り出し、海の見えるホテルが仮想的に出来上がり、そこで緑人同士が交流できるようになります。こういう発想がまさに恒川光太郎による独特の異世界空間で面白いですね。

銀の船

上空を飛ぶ強大な銀の船。それは見える人にしか見えず、ある日突然目の前に現れ案内人に案内され、乗船することが出来る。その船は時空を超えて旅をしており、過去や未来の地球上の色々な場所の上空に移動できる。しかし一度乗ってしまうと、二度と元居た自分の生活には戻れないという残酷な面も持っている船である。その船に主人公は悩んだ末乗ることにした。

中々変わっているけど重い設定の話です。人は誰しも、今の環境から抜け出してどこか遠くへ行ってみたいと思うことはあるでしょう。主人公はまだ若く、現実の生活に何も魅力を感じていなかったため、銀の船に乗れば何か「本当の自分」のような物に出合えるのではないかと感じて乗ってしまったわけです。そしてしばらくは平気でしたが、ふとしたことで、日本での生活を思い出し、自分がどれだけ恵まれていたか、当たり前の風景にどれだけの価値があったかを痛感して激しい後悔に襲われるわけです。実際自分に置き換えてみても、つまらない勉強や仕事に疲れ、現実はクソだなと考えたりもしますが、そんな何気ない日常に心の深い所では安心感を覚えているのかもしれません。普段我々がこんなことを考える機会って無いですから、こういう特殊な設定の小説でも読まないと体験できない貴重な読書体験です。

その後も主人公は、船の上で何十年も過ごしていくわけですが、そうなってくるともう精神的にも落ち着いてきて悟りのような境地に達するのかと思いきや、船の上で拾えるアイテムを賭けたゲームで大負けして落ち込んだりと、そっちの生活でのリアルな感情が見えて面白いです。突拍子もない設定の話でありながら、すごく人間ってこうだよなという「人間らしさ」を感じられるなんとも例えようのない不思議な話でした。

まとめ

この短編集に無理やり共通のテーマを付けるとしたら、「夢のような話」でしょうか。現実か虚構かわからない、今ももしかしたら私たちの知らないどこかで存在しているかもしれない不思議な世界。そんな考えを持たせるようなお話の数々です。しかしこのテーマは恒川光太郎作品の全てに共通するような気がするので、やはりこの短編集にテーマを付けるのは難しいです。

いずれにせよ、恒川光太郎の小説には、異世界に行かなくてもこの世界は異世界とつながる不思議な世界だと想像させる不思議な力がありますし、恒川光太郎作品からしか接種できない栄養素があると感じています。今回も面白かったです。

また別の記事でお会いしましょう。

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